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犯人は最後まで姿を現さないのに、犯人の半生は全て分かってしまう秀逸な文章に脱帽。

あらすじ

身体を壊して休職することになった刑事の本間は、親戚の男性から「婚約者がいなくなった。探してほしい。」という依頼を受ける。

婚約者の失踪のきっかけとなったのは、「便利だからクレジットカードを作ってあげようとした」という、とても些細で日常的なもの。

しかし、そこから掘り起こされていく婚約者の姿には「自己破産」、「他人の身分の借用」、そして「殺人」といった非日常が重なっていく。

彼女は逃げている。必死で逃げている。知恵をしぼり、神経を尖らせて。

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犯人が分からない、犯人がいない、ではなく「犯人がでてこない」
この小説では、読者は主人公である本間の目を通じて、逃げた美人の婚約者を追いかけていきます。その過程では

  • 「犯人はおまえだっ!」的な犯人当て
  • 「わかったぞ!犯人が使ったトリックが!」的な犯罪手法当て
といった推理要素は非常に薄くしか書かれていません。
しかし、そのかわりに、主人公が一度たりとも見たことがない親戚の婚約者を探す中で出てくる大量の「なぜ」と「何(なに)」

  • なぜ美人の婚約者は突然いなくなったのか?
  • なぜ少しの痕跡も残さなかったのか?
  • なぜ自己破産を隠していたのか?
  • なぜ他人の身分を借りていたのか?

    なぜ、なぜ、なぜ・・・

  • 逃げる婚約者は何に追われているのか?
  • 何を手に入れたかったのか?
  • 狂気とも思える彼女の行動を支えるのは何なのか?
  • そもそも彼女は何者なのか?

    何、何、何・・・
この作中にあふれる「なぜ」と「何(なに)」に対して、丁寧な伏線とそれを支える深い動機は、思わず心揺さぶられてしまうほどに鮮やかです。結局、主人公(とそれに間借りしている読者)は、最後まで被害者はおろか、犯人とさえ会うことはありませんが、彼女達の人となりや苦悩は手に取るよう感じられます。

そして、最後まで彼女達と同じように苦しみ、悩むことになる・・・傑作ミステリーだと思います。

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日常の中にある地獄

「火車の、今日は我が門を 遣り過ぎて、哀れ何処へ、巡りゆくらむ」

「オレ、今月財布がピンチでさ〜、マジ火の車だよ」といった家計や経済状況の苦しさをいう「火の車」の由来は拾玉集にある和歌です。
どこまで逃げても巡り来る火の車、これが、この小説のタイトル兼テーマになっています。


夢へのハードル

現在の日本では、たくさんのモノと情報が自分のすぐそばにころがっているのが日常です。そんな中で多くの人たちが夢見るのは

  • マイホーム買えば家族が幸せなはず。
  • 高級車買えばかっこよく見えるはず。
  • ブランドバッグ買えば華やかに見えるはず。
といった、他の人に自分は負けてないという見栄を満たすものだったりします。

幸せになる。
テレビでやっているようなリッチな生活。
たくさんのモノと情報で身の回りを充実。

手段
お金でモノや情報を買う。

つまり、てっとり早くリア充になるには金払え、ということ。 
※ リア充:リアル(現実)の生活が充実している人物を指すネット用語

昔はこの手段にあたるお金が最大のハードルとなっていて、身の回りの家財道具をかき集めて質屋に行っても二束三文にしかならず、リア充への道のりはとても長いものでした。
しかし、クレジットカードローン、ノンバンク、サラ金、街金、ヤミ金・・・といった消費者金融の登場でこのハードルは一気に消失。無担保で多額のお金を借りられるので、それを元手にブランドバッグ、高級自動車、住宅なんかが買えるようになりました。


消費者金融でつくる夢

消費者金融は「ちょっとした急場での便利なつなぎ資金」が本来の機能です。つまり、急いでお金が必要な人に貸金することになるので、銀行と比べて事前審査がゆるく、借り手からすればお金を手に入れるのは簡単です。

一方で、消費者金融の負の特徴といわれるのが、
① 高金利
② 過剰貸し付け
③ 苛酷な取り立て
という「3K」です。

お金を借りて、モノを買い、夢が叶ったとしても、この「3K」はそれをあっという間に悲劇へと変貌させます。
最初に借りた額が少額でも、高い金利のため多額の支払いとなる利息。その支払いのために最初借りたところとは違う業者から借り入れし、それを期限がきた借金の返済にあて、それを繰り返し、結果、雪だるま式に膨らんでいく借金。借り手の事情お構いなしに行われる執拗な電話や訪問による取り立て。秩序ある日常の中、ぽっかりと出てきた無秩序な世界に自身やその周囲も追い詰められ、そして、突然訪れる破滅。

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消費者金融は夢へのハードルを消すものではありません。夢を叶えるための入口にあったハードルを、出口に移動するだけです。そして、その足下には、入口には存在しなかった暗い穴が空いています。

「火車」は、この出口で待ち受けている暗い穴に落ちてしまった人々の物語です。


そんなの借りたヤツがアホなだけだろ!

消費者金融で起こる問題を議論すると、必ず言われることがあります。
「借りた金は返さなきゃね」「返すことができないのに借りるなんて、そんなものは自己責任だろ」「そんなことになるのはそいつがバカだからだ」
実際、これらは全て正しい意見です。被害に合ったのは、野方図な借金をした当人自身の問題であり、簡単にいえば借りる方が悪いのだ、というものです。そして、主人公の本間も常識的な感覚から同じような感想をもちます。


借りたヤツ だけ がアホなのか?
私の友達がトラックにひかれ死亡しました。
これを聞けばみんなトラック運転手に怒りの感情を抱きます。でも、この事故にはこのような背景があったとしたらどうでしょうか?

  • 運転手は居眠り運転でした。
  • 居眠りは過労によるものでした。
  • 人員が少ない会社で、そこに突然の欠員が出てしまい、ドライバーまる二日、仮眠もとっていませんでした。
  • 事故現場は非常に道幅が狭く、そもそも事故多発地帯でした。
  • 近隣の住民から歩道やガードレールの設置が再三求められていましたが、行政はそれを放置していました。
運転手には確かに過失がありました。しかし、運転手の雇い主、行政、都市計画など、事故を引き起こした要因は多く、改善しなければいけない点も多いです。


それでもあなたはトラックの運転手だけをせめますか?


同じように、
私は消費者金融から借りたお金が返せず、犯罪に手を染めました。
という人の生い立ちには、こんなことが隠されているかもしれません。

  • 私の家庭はとても貧しく、小さい頃から幸せな生活にあこがれていました。
  • 私は容姿も普通、誇れるような能力も特に持っていません。
  • そんなときに「あなたの夢、叶えたい」「あなたの笑顔がみたい」というCMを見ました。
  • その会社に行ってみると簡単な書類を書いたら、すぐにお金を貸してくれました。他の会社からも同じようにどんどんお金を借りることができました。
  • だから返済の時期がきたものは他の会社からお金を借りて、それをそのまま返済にあてていました。
  • どの会社でもお金を借りるとき、返せなかったらどうなるかといった説明はありませんでした。
  • もちろん学校で借金やカードについて何か教わったことはありません。
  • そのうち月々の利息の支払いが私の月収を超えるようになり、返済もうまくできなくなっていきました。
  • 朝晩にヤクザらしき人が家の周りにいて、怖くて外に出られなくなりました。
  • 友達や親にも「借金のことで相談がある」といいましたが、みんな逃げるように離れていきました。
宮部みゆきさんは本書の中でこれらの問題に明確な解決策を導いてはいません。しかし、ある強い意思を表明しています。

一部には、たしかに、本人に問題がある場合もある。そういうケースもある。だが、それだけではない。そこで切って捨て、あとは知らん顔していられるような問題ではないのだ。

本文より引用

火車で登場する人物たちのように、色々な消費者金融から借り入れを重ねている人を金融的には多重債務者といいます。この多重債務者には、無計画で節度がなく、ましては法律の知識など持ち合わせていない人がたしかに多いかもしれません。
しかし、通常の方法では絶対に返せないと分かるような相手にも次々と金を貸す業者がいるからこそ、多重債務者は誕生します。

お金を借りたいという需要を、過剰で暴力的な供給が支えるいびつな世界。『火車』はこの世界でお金を借りる側に起こる悲劇とそれに巻き込まれた人々の苦悩を生々しく描きます。


放置され続けた悲劇

消費者金融問題における需要側(借り手)の悲劇を描いた「火車」が出版されたのは1992年です。しかし、供給側(消費者金融の業者)の問題はその後も事実上放置され続けます。解決へ大きく前進をみたのは2006年の貸金業法の成立、つまり約15年も経過してからです。
この供給側の問題についても記事を書いていますので、「火車」に興味をもたれた方は、ぜひご覧ください。
関連記事 :チワワやタイツのダンサーが「ご利用は計画的に」と呼びかけた結果起こったこととは?


宮部みゆきの悩みと願い

『火車』を読むと著者である宮部みゆきさん自身、この問題に憤り、同時に解決策を求めて犯人や被害者と同じ目線で悩んでいることが分かります。

先生、どうしてこんなに借金をつくることになったのか、あたしにもよくわかんなにのよね。あたし、ただ、幸せになりたかっただけなんだけど。

本文より引用


貧しく不遇な人生を歩んだ被害者がつぶやいたことへ、著者自身の回答は明確には述べられていません。
しかし、そのかわり、暗い穴の中で苦しんでいる人達へ、強い願いを伝えています。

とにかく夜逃げの前に、死ぬ前に、人を殺す前に、破産という手続きがあることを思い出しなさい

本文より引用

火の手があがっている車には、水をかける方法があるんだ!ということを繰り返し提示します。そして、それは多くの人が見慣れたあとがきの部分まで、ぎっしりと詰まっているのです。

本作品はフィクションであり、登場する人物、団体名はすべて架空のものです。但し、作中で言及している、クレジット・サラ金による多重債務者を救済するために活動している団体は、現実に存在しております。また、弁護士会や消費者団体、一部の地方自治体などでも、相談窓口を設けております。

あとがきより引用


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