夕凪の街 桜の国 こうの史代(作) : 生き残ることは罪なのか。

『夕凪の街 桜の国』は、こうの史代さんによって描かれた漫画作品で、2004年の発表から各メディアやネット上で圧倒的な支持を集め、数々の賞を受賞するなど、こうのさんの代表作となっています。

本作は『夕凪の街』とその後日譚にあたる『桜の国(一)・(二)』という3部作となっていて、3世代にわたる家族の物語です。

『夕凪の街』
 舞台広島
 時期1955年(原爆投下から10年後)
 主人公平野皆実(ひらのみなみ)
平野皆実(ひらのみなみ)
 
『桜の国(一)』
 舞台東京
 時期1987年
 主人公石川七波(いしかわななみ)、皆実の姪で小学5年生
石川七波(いしかわななみ)
 
『桜の国(二)』
 舞台東京、広島
 時期2004年、(一)から17年が経過
 主人公石川七波、28歳で会社員として働いている
石川七波(いしかわななみ)

舞台から想像できる通り、本作のテーマは「原爆」であり、いわゆる「戦争もの」の漫画です。
しかし、その内容は「戦争もの」のそれとは少し違っています。
 
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「戦争もの」
「戦争もの」の特徴

「戦争もの」といわれる漫画や映画の多くは、加害者の残忍性と犠牲者の悲劇性を対の関係で並び立たせて描きます。「原爆」やナチスによる「ユダヤ人虐殺」を描くものでは特に顕著で、そのような場合、犠牲者はその生死を問わず皆、善良で立派な人たちとされます。
たしかにこの方法は戦争の悲惨さを強調する上で、有効なのかもしれません。善良な市民を残虐に殺すなんて野蛮で許せない、と読者や観客に思わせることができるでしょうし、実際のところ、その野蛮さが戦争の真実の姿なのかもしれません。

戦争の悲惨さ

しかし、幸運にも70年近く戦争を経験することがなかった日本人の大半、特に若い世代がそれらを読んだり観たりして感じることは、戦争は「おそろしいもの」、あるいは「縁遠いもの」といったことでしかありません。
「おそろしいもの」を真正面から見続けることは勇気がとても必要で、大抵は苦痛すら伴う行為です。ですから、テレビで戦争の特集を流していれば、チャンネルを即座に替えるようになるし、毎年夏になると開催される戦争に関するイベントはただのルーティンイベントとしてスルーし、日常会話で戦争のことを話すことは避けるようになります。そうやって避けているうちに、ますます戦争は自分の日常と「縁遠いもの」となっていくわけです。

また、被害者を善良で立派な人たちと一律に定義してしまうことで、戦争に直面した人たちの実際の感情や行動、そしてその背景すら、全て切り捨ててしまうという側面もあります。それは時間が経過し、人々の記憶が風化していくにつれて強まる同調圧力です。生き残った者たちは被害者らしく聖人君子たれ、と。

つまり、社会レベルというマクロ的な視点でみれば、「戦争はおそろしく、縁遠いもの」ということが思考停止ワードとして機能して、戦争や虐殺行為を後押しもしくは容認した社会のあり様やそのプロセスへと考えが及ぶことを阻害してしまい、個人レベルというミクロ的な視点でいえば、この時代に生きた人たちの思いや振る舞いを一括りにしてしまい、それ以外にも色々な思いがあったのでは? といった想像の余地を奪ってしまう危険性をはらんでいるといえます。


戦争そのものは描かない

戦争そのものは描かない

『夕凪の街 桜の国』は「戦争もの」漫画とされていますが、戦時下における戦闘行為を描くシーンはありません。そもそも3部作の1作目『夕凪の街』の舞台からして、終戦から10年経過した広島です。本作では、戦時下の描写、いわば直接的な悲惨さを排して、そのかわりに、その時代に生きた人たちの「感情」にスポットを当てています。
そこに暮らすのは好きな野球チームの話をしたり、おしゃれについて雑談したり、好きな人の態度にやきもきしたり、恋をしたり――時代背景や住んでいる場所は違えど、現在の私たちと何ら変わらない人たちです。そこには私たちと共通の感情が流れています
しかし、そんな人たちが私たちと同じ幸せは享受できない理由が存在し、『夕凪の街』ではそこが描かれます。


『夕凪の街』
後ろめたい

後ろめたい

『夕凪の街』の主人公である平野皆実は、日常を過ごす中で、常に「後ろめたい」という感情にとらわれています。それは原爆投下直後の自身の感情や行動に起因します。
助けを求める多くの声を聞きながら、耳を塞いだことは正しかったのか。
生きるためといって、死体から靴を取り去って履いたことは正しかったのか。
周りもそうしていたからといって、自分もそうしていいことになるのか。
被爆して死んでしまった姉や妹よりも、自分は生きる価値があるのか。
こんな自分が幸せになってもいいのだろうか。
そこにあるのは、生き残った喜びではなく、生き残ったがゆえの壮絶な葛藤です。生死の境目が完全な偶然によって左右されてしまった原爆投下。そこを運が良かったという理由だけで生き残った自分に対して、肯定的な生きる意味を見出すことはただでさえ、とてつもなく困難です。
そして、皆実は、少なくとも私と同じようなただの一般人であり、聖人君子ではありません。人間としてあるべき振る舞いなんてものは頭から消え去り、自分が生き残るためにとり得る手段を地獄の中で行使しました。だからこそ、皆実は幸せになること、もっといえば生きていることにさえ「後ろめたい」と感じながら日常を過ごさなければならなくなります。

すべて失った日に引きずり戻される

『夕凪の街』は「皆実と同じ状況に置かれたとき、正義や道徳といったものに適った行動をあなたは本当にとれますか?」と強く問いかけてきます。そして、そんな内面の葛藤を乗り越えたとしても、その先の道すら閉ざす原爆の非情さを私たちの心に静かに刻印していくのです。


日常からみた原爆

日常からみた原爆

皆実たち被爆者を苦しめるのは内面の葛藤だけではありません。熱線に直接さらされた人たちの肌はケロイド化し、放射線にさらされた人たちは原爆症と呼ばれる症状となり、突然発症する白血病やガンに苛まれました。
この原爆症は終わることのない恐怖であり、生きている限り戦い続けなければなりません。そして、これを作り出したのはつまるところ、人間の殺意です。
『夕凪の街』の最後で皆実が絞りだした言葉はまさにこれを糾弾するものでした(※)。

皆実の最後の言葉

閃光と黒い雨の中を生き抜いた人たちを待ち受けていたのは、終わらない恐怖との戦いと、原爆を投下してこんな苦しみを自分たちに与えた者たちへの決して消えない憎悪の感情。これこそ日常からみた原爆の意味です。
そして、こんな殺戮兵器を「これしか手段がなかった」といって使う、もしくは使わせてしまうのが戦争なんだ、という強い思いが本作には込められています。


『桜の国』
局地的な悲劇

広島だけの悲劇

生き残ったがゆえの「後ろめたさ」は、戦争を経験した当時を生きた人たちに多くが感じ、無言のうちに共有したものだったと考えられます(戦争経験者による著作を読むと「後ろめたい」という表現はよく登場します)。
しかし、原爆という体験は世界中で広島と長崎の住民しか経験していないものです。だからこそ、被爆者の多くは戦後復興期という前向きの風潮の中で自身の苦しみを積極的に共有することをためらい、

わたしが忘れてしまえばすんでしまう事だった

『夕凪の街』より引用

と記憶を閉じ込めることとなります。それは不幸にも、自らの内側にはジレンマを、外側には周囲の無理解からくる差別を作り出します。
そして、それは今もなお続いているのです。


「今」へと繋がること

「今」へと繋がること

『桜の国』で主人公となる石川七波は、直接の被爆者ではありません。そして、私たちと全く同じ時間軸を生きています。
そんな七波は、原爆の影響を色濃く感じる祖母と母の死に様を見たことで、トラウマを抱えます。それは日常生活の何気ない場面や友達の容姿を見ただけでもフラッシュバックとして襲いかかり、七波の精神の奥深い部分を蝕んでいきます。
また、七波の弟は、出身地が広島で被爆二世だから、という理由で結婚相手の両親から結婚を許されません。
自分が直接関係したことではないことで苦しみ、責められ続けなければならないこと。
あなたが悪いわけじゃないんだけどね、と理解があるようなことを言われながら、目の前に境界線を引かれること。
これらは「今」と隔絶した話でもなければ、自分と遠い世界の話でもありません。私たちのすぐ隣で起きている話です。この物語のタイトルが『桜の「国」』とされ、前日譚である『夕凪の「街」』という局地的なものから、より広がりをもつものとして銘打たれたのは、戦争と原爆の苦しみは「今」と地続きの話なのだということを1人でも多くの人たちに知ってほしい、という原作者こうのさんの願いが込められているからなのだと思います。

小さな理解の積み重ね

この物語の最後は七波が自身の感情に折り合いをつけ、笑いと愛情に満ちた、非常に明るいタッチで幕を閉じます。私はそこにこんなメッセージを見たのです。
私たち1人1人の小さな理解の積み重ねが未来への光になるんだよ、と。

※ ここまでの使用した画像の出典:こうの史代『夕凪の街 桜の国』/双葉社

※)この注記には『夕凪の街』の結末に関する詳細が含まれます。ネタバレなどを気にされる方はご注意ください。
 『夕凪の街』の主人公である皆実が今際の際に言った言葉は、原爆と投下した者たちへ、原爆を投下する口実を与えた者たちへ、そして今もなおそれに力があると思っている者たちへ向けた問いかけであり、私たちにも深く突き刺さるものです。

嬉しい?
十年経ったけど
原爆を落とした人はわたしを見て
「やった!またひとり殺せた」
とちゃんと思うてくれとる?

『夕凪の街』より引用


知ってほしいこと
漫画『夕凪の街 桜の国』で日常の風景から戦争を描いたこうの史代さんですが、もう1つの代表作である『この世界の片隅に』が現在劇場版アニメとして制作中となっています。監督はTVアニメ『BLACK LAGOON』や映画『マイマイ新子と千年の魔法』を手がけた片渕須直さんです。
そして、この作品では現在のアニメ業界が抱える問題点を解決すべくクラウドファンディングという挑戦が行われています。
参考 :片渕須直監督による『この世界の片隅に』(原作:こうの史代)のアニメ映画化を応援 | 制作支援メンバーを募集するサイト

私はこの挑戦に感銘を受け、応援しています。そして、片渕監督やこうのさんが起こした行動の意味とは何なのか、アニメ業界が抱える問題とは何なのか、クラウドファンディングという聞き慣れない言葉の意味などを拙いながら解説しましたので、『夕凪の街 桜の国』が好きな方はよろしければこちらもご覧ください。
関連記事 :アニメは人の心と財布をも動かせるのか? 片渕須直監督の劇場版アニメ『この世界の片隅に』で行われるクラウドファンディングへの挑戦

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